昨年は7月に義弟(夫の妹の配偶者)、その2週間後に義父が亡くなり、昨年後半は、言葉にならないほど辛い時期でした。
義父母、私たち夫婦、義妹夫婦は、それぞれ車で10分ほどの距離に住んでいたので、お互い頻繁に行き来し、義弟と私たちも、親戚というよりも友人のような間柄でした。
亡くなってから半年ほど経ち、ようやく、当時のことを振り返れるようになったように思います。
2人が亡くなった日のことは、今でもよく覚えています。
7月下旬の日曜日、夜10時ちょうどに、義妹から「義弟が倒れた」と電話がありました。心臓発作のようで、999(日本の119)に電話し、救急車を呼んだとのこと。いつもは冷静で辛口な義妹が、テンパって激しく動揺しており、夫と二人で即、義妹宅に駆け付けました。
義妹の話では、義弟は土曜日から体調がすぐれず、月曜日にGP(かかりつけ医)に診てもらう予定だったとのこと。土日はずっと、ベッドで横になっていたのですが、トイレに行こうと起き上がったときに、倒れたそうです。
義妹は「月曜日まで待たずに、救急病院に連れて行っていれば。。。」と、ずっと自分を責めていました。
イギリスでは、心臓発作と脳溢血は、早期対応が重要なため、最優先され、救急車は5分ぐらいで駆け付けてくれます。その日も、救急車は付近を流していたのか、5分弱で到着し、夫と私が駆け付けた時には、救急隊員3人が完全防備(コロナ禍対応)で、蘇生活動を続けていました。
1時間ほど蘇生活動をした後で、救急隊員の一人が救急の上司を呼び、義妹、夫、私の3人で、この上司から説明を受けました。
救急の上司は、義妹に椅子に座るように勧め、自分も椅子に座って、義妹と同じ目線になってから、義妹の手を取って、「自分を責めないように」と何度も繰り返し言った後で、「義弟の心臓発作は、とても強いものだったので、苦しまずに一瞬で亡くなった」と、動揺している義妹が理解できるまで、1時間ぐらいかけて丁寧に状況を説明し義妹を慰め続けていました。
コロナ禍で救急隊員は忙しく、タスクは沢山あるでしょう。コロナ以外の呼び出しも多いでしょう。人の死も、手続きとして機械的に処理されると思っていたのですが、この上司が、単なる仕事ではなく、一人の人間として、心から義妹に接している姿を見て、救急隊員の優しさや、思いやりに、「ありがとう」と胸が一杯になりました。
その後、警察立ち合いのもとで、検死官が状況を検分し、明け方に、長い一日がようやく終わりました(自宅で亡くなった場合は、事件性がないことを確認するそうです)。
義弟は、カレッジで教鞭をとっており、アジアからの留学生も多いため、アジア人である私に対しても、アジア人とかイギリス人とか関係なく、何の偏見もなく、普通に接してくれ、特に渡英した直後には、心を許せる貴重な人の一人でした。外国で日本人が少ない中で、つい身構えてしまいがちな私に、自然体で普通にしていればいいんだよ、と示してくれた人でした。
良いところも悪いところも含めて、そのままの義弟を忘れないでいること、これが一番の供養なのかと感じています。
長くなったので、義父の死については、別に書きたいと思います。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
義父母、私たち夫婦、義妹夫婦は、それぞれ車で10分ほどの距離に住んでいたので、お互い頻繁に行き来し、義弟と私たちも、親戚というよりも友人のような間柄でした。
亡くなってから半年ほど経ち、ようやく、当時のことを振り返れるようになったように思います。
2人が亡くなった日のことは、今でもよく覚えています。
7月下旬の日曜日、夜10時ちょうどに、義妹から「義弟が倒れた」と電話がありました。心臓発作のようで、999(日本の119)に電話し、救急車を呼んだとのこと。いつもは冷静で辛口な義妹が、テンパって激しく動揺しており、夫と二人で即、義妹宅に駆け付けました。
義妹の話では、義弟は土曜日から体調がすぐれず、月曜日にGP(かかりつけ医)に診てもらう予定だったとのこと。土日はずっと、ベッドで横になっていたのですが、トイレに行こうと起き上がったときに、倒れたそうです。
義妹は「月曜日まで待たずに、救急病院に連れて行っていれば。。。」と、ずっと自分を責めていました。
イギリスでは、心臓発作と脳溢血は、早期対応が重要なため、最優先され、救急車は5分ぐらいで駆け付けてくれます。その日も、救急車は付近を流していたのか、5分弱で到着し、夫と私が駆け付けた時には、救急隊員3人が完全防備(コロナ禍対応)で、蘇生活動を続けていました。
1時間ほど蘇生活動をした後で、救急隊員の一人が救急の上司を呼び、義妹、夫、私の3人で、この上司から説明を受けました。
救急の上司は、義妹に椅子に座るように勧め、自分も椅子に座って、義妹と同じ目線になってから、義妹の手を取って、「自分を責めないように」と何度も繰り返し言った後で、「義弟の心臓発作は、とても強いものだったので、苦しまずに一瞬で亡くなった」と、動揺している義妹が理解できるまで、1時間ぐらいかけて丁寧に状況を説明し義妹を慰め続けていました。
コロナ禍で救急隊員は忙しく、タスクは沢山あるでしょう。コロナ以外の呼び出しも多いでしょう。人の死も、手続きとして機械的に処理されると思っていたのですが、この上司が、単なる仕事ではなく、一人の人間として、心から義妹に接している姿を見て、救急隊員の優しさや、思いやりに、「ありがとう」と胸が一杯になりました。
その後、警察立ち合いのもとで、検死官が状況を検分し、明け方に、長い一日がようやく終わりました(自宅で亡くなった場合は、事件性がないことを確認するそうです)。
義弟は、カレッジで教鞭をとっており、アジアからの留学生も多いため、アジア人である私に対しても、アジア人とかイギリス人とか関係なく、何の偏見もなく、普通に接してくれ、特に渡英した直後には、心を許せる貴重な人の一人でした。外国で日本人が少ない中で、つい身構えてしまいがちな私に、自然体で普通にしていればいいんだよ、と示してくれた人でした。
良いところも悪いところも含めて、そのままの義弟を忘れないでいること、これが一番の供養なのかと感じています。
長くなったので、義父の死については、別に書きたいと思います。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
コメント
コメント一覧 (2)
アメリ
が
しました
どうもありがとうございます。憶えていることが、生きている私にできることなのかなと思います。
世界中で毎日たくさんの方が亡くなっており、親しい方々が悲しんでいるかと思うと、胸が痛いです。コロナも早く終息して欲しいですね。
アメリ
が
しました